社長業を幸福に引退する一方で、新たな生甲斐を見い出して、第二の人生を充実させることで生涯現役を全うしたい社長は、知的資産経営を導入し、事業承継などへの備えを早い段階から進めるべきですが、
知的資産経営では、せっかくの知的資産を自己の権利として主張できるように、あるいは不利な取引制限を被って知的資産を有効活用できないことを防ぐために、
契約書を締結すること、しかも内容を精査して締結することはとても大切なことです。
このたびご縁があって、
勤めていた倒産会社の事業を承継し、見事に再建した元OLの女性社長のお話を聞く機会がありましたが、
その際に、倒産の大きな契機となった不利な契約条件を振り返り、契約書の重要さを強調されたことがとても印象的だったので、ご紹介します。
OL時代の思わぬ苦難
その女性社長Aさんは、機械メーカーの社長です。
女性が機械メーカーの社長を務めておられる例は、過去に1社だけ知っているのですが、
そこは創業者一族でいらっしゃったので、
お会いするまでは、今回もそのパターンかと思っていました。
お話をうかがってビックリ。
なんと、個人で会社を買収して社長に就任されていたのです。
かいつまんで経緯をご紹介すると、次の通りです。
女性社長のAさんはもともと、ごく普通の、心優しく物静かなOLでした。
事務員で、技術者ではありません。
社会人になって半年後、
入社した会社がオーナー一族間のいさかいで販売会社と製造会社に分裂し、
製造会社の方へ勤めることになりました。
小規模会社であったことから、製品分析も営業サポートも経理も、何でもやらざるを得なくなったところ、
社長に経営手腕がなく、次第に会社は、厳しい経営状況になっていきます。
いつ頃からか社長はAさんに、事実上の丸投げ状態になり、
資金繰りはもちろん、経緯は話せませんが、筋の悪い金融業者からの取り立てにも立ち向かいます。
他方で、従業員の社長に対する愚痴も聞かされ続けます。
当時、社会経験はまだまだ乏しく、
経営者ではないので、経営者としての心構えも勿論ありません。
Aさんは精神安定剤が離せない状態にまで追い込まれます。
あるとき、心に溜った不満を社長に向けて大爆発させます。
抑圧してきた感情を吐き出しきったことで、症状はぴたりと治まったとのこと。
しかし経営は改善せず、会社はついに倒産。
Aさんは苦境の中で、ある人に相談したところ、経営が悪かっただけで、製品や技術は他社に負けないので起業してはどうか、とアドバイスされます。
そこで新会社を立ち上げ、これまで勤務していた倒産会社から事業を譲り受けました。
ちなみに、資金は貯金だけでは足りず、クレジットカードのキャッシングまで活用したそうです。
苦難の発端となった不利な契約条件
その後、倒産会社の社長を反面教師にして、Aさんは健全経営に徹します。
本人いわく、幸運にも恵まれた結果、阪神淡路大震災やリーマン・ショックなどの苦難も乗り越え、
このコロナ禍においても、泰然自若とした経営をしておられます。
それにしても、前の会社はなぜ倒産したか。
実は、製品や技術は優れ、他に類を見ない差別化要因も持ち合わせていたのですが、
ビッグユーザーとの間で、他社へは販売しないという契約書を結んでいたのです。
その上、ビッグユーザーの購入も細っていったのでした。
営業的に手かせ足かせの状態では、活路を切り開くこともままなりません。
Aさんが新会社を立ち上げた背景には、
この不利な取引制限を約束させられた契約書の拘束から逃れる思惑があったのです。
契約書を軽視する経営は危うい
私は、1部上場企業で法務部長として、英文契約書も含め大変多くの契約書の作成や検討に携わりました。
ときには巨大企業との間の力関係で、あるいは取引上の力関係で、こちらの主張がすべて通らず、悔しい思いをしたこともあります。
しかし何時いかなる時も、どの企業とも、真摯に向き合ってきました。
決して自社だけ良ければ、それで良いという姿勢でなく、公正公平の下にWIN-WINを目指して。
そうした長年の様々な経験から言えることは
契約書を軽視する会社で、まともな経営ができているところはない、ということです。
企業規模が小さくなるほど、この傾向は強くなります。
知的資産として立派な技術やノウハウを蓄積し、それに裏付けられた製品やサービスを開発、展開しても、
契約書で不利な条件を受け入れては、知的資産を最大限に有効活用できず、
結果的に芳しい業績は上げられません。
Aさんが「契約書は本当に大事」と語られた姿は、契約に係る ”中小企業あるある” が凝縮されていて、とても印象的でした。
せっかくの知的資産を、権利として第三者に主張できるように、
また不利な制約を受けないように、契約書を精査して締結することはとても重要です。
ぜひ参考にしてください。
この記事へのコメントはありません。